え、まじか、33歳にして胃ガン告知をされ、余命宣告をされた件

33歳 男 既婚 妻あり 子供2人(3歳の男の子、6ヵ月の男の子) 2017年6月 スキルス胃癌 腹膜播種 水腎症 レベル4 と診断。 余命宣告を一年とされました、闘病を綴ったブログです。

カテゴリ: 仲間

前話のつづきm(__)m



そして僕らは自宅にて訪問介護をうけ、高カロリー輸液の点滴をしていくことになったわけです。


お互い、点滴をしながら抗がん剤治療をすることになっていました。


そして、退院してから1週間後くらいですかね、抗がん剤治療の為、病院で治療をしていたら、見知った看護婦さんがいたのでお話しをしていたんです。


その看護婦さんと、最近の調子はどうだとか、副作用はどうだとか話していたんですよね。
そしたら


「◯◯さん、Oさんと仲良しでしたよね、一緒に勉強してましたし」


「あ、ハイ、Oさんがいたから一緒に頑張れたってのはありますよー」


「実はOさんね、退院してからわりとすぐに戻ってきてね、今、病棟にいるのよ」


「、、、えっ?!、まじすか??
大丈夫なんすか?!ってか会えるなら会いたいです!」


「んー、多分、帰ってから食べてたんだろうね、ダメなのに、、、。
腸閉塞で入院して昨日手術したばかりなの、会えるかはちょっと本人に聞いてみるね、体調もあるだろうし」


「え、術後なんすね、、、。
わかりました、ムリそうならまた後日にします、すいません」



驚きました、そして、食ってやるわいうてたけど、、、。
そんなにくったんかぁぃぃぃぃ!!
アカンやろぉぉぉお!!


と、思いましたが本当に大丈夫なんかと思い、術後ではありますが会えたらいいなと思っていました。
術後のツラさはわかっていますが、心配で少しだけでも顔をみれたらと思ったんです。



そしたら看護婦さんが聞いてきてくれて、


「大丈夫だって、相変わらずよく喋るし、ムリしないでってゆったんだけどね、会いにこいよって、ゆってたよ」


「わかりました、ありがとうございますm(__)m」


ということでOさんに会いに病棟に行きました。
途中、病棟の看護婦さんたちにも会えたので、大丈夫なのー??みたいな、たくさんお声掛けをもらいながら(ありがたいです)病室に着くと、そこには術後のOさんの姿が!


「Oさん!大丈夫すかぁ!?
すいません、心配できてしまいましたm(__)m」


「あー、看護婦さんから聞いたよ、まぁ話せるしな、大丈夫だ」


「なんか退院してから結構たべちゃったんすか??」


「いゃ、少しな、、、。したらお腹痛くなってな、腸閉塞なんだわ。
手術もできないって言われてたんだけどな、できたんだわ。
手術して、人口肛門になったんだ。」


「そうだったんすね、えっ?!、大丈夫なんすか、痛くないんすか??」


「あー、体勢かえるといたいね、咳とかたんとかな、ま、大丈夫だ。
でもな、コレで食えるようになるんだとよ、◯◯さんも手術して人口肛門つけろぉー。」


みたいな感じで会話しました、術後にもかかわらず会ってくださったことに感謝して。
状況がなんとなくわかりました。
とりあえず手術が無事成功してよかったなと思いました。
最後にさらっと、コレ食ってけーみたいな軽いのりで人口肛門にしとけーみたいな感じで言われましたが笑
とりあえずまた、次週抗がん剤で病院くるんでまた来ますっつってその日は後にしました。
なんか相変わらずでよかったなと思いましたね。


翌週
抗がん剤の為、病院にいき、Oさんに会いにいくと個室から四人部屋へと移動していました。
体調等は術後から順調に回復している様子で何より
「食えるのがいいねー、ちょっとずつだけどな」
と、話されていました。


翌々週はすっかり元気になっていて、ストーマの話しを具体的に話してくれて、コレなんだよって見せてもらいました、何より
「いゃー、やっぱりね、食えるのがいんだよ、はやく◯◯さんも手術しろー」
と、先週と同じような感じで話されていました。


そして、だからというわけではありませんが、このブログにも書いた通り、僕自身もストーマをつける手術をしました。


Oさんには
「Oさん、あのね、僕もつけることにしましたよ、ストーマ。」


「そうか!よかったなぁ、食えるようになった方がいいぞ。んじゃ今度は逆に見舞いにくっからな!」


といって、自身の治療で病院にきた時に寄ってくれましてね、僕はその時は術後だったんですが、お互いにストーマの話しをして、コレはこうだとかいゃ、こっちがいいとか、お話しをしました。


Oさんとは僕の身体の状態が同じような道をたどっていて、しかも同タイミングでしたからね、親近感そりゃわきますよね。
相談もしましたし、共感もできるし、大切な闘病仲間です。


今は僕の治療が金曜日で、Oさんの治療が火曜日なので中々会うことはありませんが、なにかあれば連絡したいと思います。


Oさんには


「◯◯さんよー、治療の曜日を火曜日にしろー笑」
って言われましたが(結構何回も笑)


「ちょっと都合上ムリなんすよーすいませんm(__)m」
っつって今に至りますかね。


でもこないだ検査で火曜日に病院いきましてね、たまたま時間がかぶってたみたいでOさんに会えまして、コレまたお話しができました。


おーーってなりました笑


Oさん、これからもよろしくお願いしますねm(__)m
頑張っていきましょう( ̄ー ̄ゞ-☆



かけがえのない仲間ですよ(*´ー`*)





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大切な闘病仲間のお話し。


コレは時をしばらく遡ります。


僕が、便が細くなって直腸狭窄で入院することになった時のお話し。


その時に、同じ病室、向かい側のベッドにいた人物。


当時、そして今も、とても御世話になっているOさん(65)のお話し。



どうやらOさんも食べることができずに入院となったみたいで、おそらく「腸閉塞」だったのだと思います。
そして、手術では改善できない状態であり、ポートを増設し、高カロリー輸液を点滴するという治療法をとっていました。


そして、僕も、高カロリー輸液の点滴を選択したため、同じ治療法になり、家で点滴ができるスキルを身に付けることが僕とOさんの同目的となり、奇しくも同じ日からの勉強開始となったわけなのです。


コレがそしてまぁまぁ難しい(´д`|||)
入院中は点滴台を使って点滴をします。
食事の代わりの点滴ですから基本的には24時間毎日点滴です。
家でも、外出しても点滴ができるようにカバンに入れて持ち運ぶことができるようになっていて、カフティポンプという電池を入れて電動で輸液を送り出す機械に輸液をつないで持ち運びます。
っていってもなんのこっちゃよくわからんすよね、コレ??笑



とりあえず
写真でも載せときますわ。
こんな感じ。





DSC_0041_3




コレを斜め掛けにしたり、トートバッグにしたり、リュックにもなるわけですよ。
スリーウェイで使えるバッグになってるんですよね。




この、勉強しているときはアレでしたけど、事実上、食事が口から取れない、24時間毎日点滴、左腕が自由にならない感じ、
に精神的なツラさ、ショックがありました。


ですが、真向かいに全く同じ治療をしている方がいるという事実が、僕に勇気をもたらし、がんばる意欲をくれたのです。
この安心感、親近感、はとてもありがたかったです。
まさに共に頑張っている仲間です。
目の前にいるわけです。


朝起きて、輸液をチェックをして、配膳が始まっても僕らは食べれず、時間がきたら輸液の交換、カフティポンプの勉強、月曜日には針の交換、ってな具合で日々をこなしていました。





多分、お互いに親近感は湧いていたんじゃないかなぁと思います。
中々、高カロリー輸液の方はいないっぽくて看護師さんも苦戦(苦笑)してるくらいでしたからねー。



そんなこんなでカーテン1枚隔てた環境で同じ勉強をしていったわけです。
次第に会話もするようになります。




「Oさん、コレ、できますか??
なんか難しいっすよねー、、、。」


「んだなぁ、わかんねぇっけども慣れるしかねぇよ、やってきゃぁ大丈夫だろー。」


「そーすね、ちょっと僕もやってみますわ」


とか。


「はー、なんかくいてーな、退院したらこっそり食ってやるわ」


「いやいゃOさん!
また病院送りになっちゃいますよ!」


とか。


「あと5年はいきてーなぁ、70まではなんとかよー」


「大丈夫すよ。いい方向に向かいます、頑張りましょう!」




それからどこに住んでるかとか、病気の話しとか、家族の話しとか、色々な話しをしたんです。



まず、この高カロリー輸液、病院では落差をつかって重力で落としていくわけなんですか、家でやるにはカフティポンプといって輸液を送り出す電動の機械を使って流していくんです。
そもそも、コレをやっている方が見渡す限りOさんと僕しかいなかったんですよね。
看護師さんも扱い方にてんやわんやわ、、、。
いいよーのない不安が僕のなかには芽生えていました。
コレ、いよいよやべぇってことか。。。と思った。
もし、コレが僕だけだったらもっと大きな不安があっただろうなと思います。


本当にOさんには治療や病気に対する不安、意欲、勇気、1人じゃないんやな感を貰ったんです(何回いうねん)


Oさん、ありがとうございますm(__)m



んでお互いしばらく入院しましたが手技を覚えて無事退院しました、同じ日に退院しました。
お互いがんばろうなって感じで。
連絡先も交換しました。


そして僕らは自宅で訪問介護を受け、高カロリー輸液の点滴をしていくことになったわけです。



コレ、この話しまだ続くんですが長くなってきたので分割!!!
すいません!!( ̄ー ̄ゞ-☆








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前回、ゴールデンウィークの話しを書いたが、どうしても書いておきたい、書き留めておきたいはなしがあったので筆をとった次第である。



基本的にはイトコのMちゃんと、我が弟Rのおめでたい入籍にまつわる話しなのだが。。。



今回書きたかったのはイトコのMちゃん夫婦と弟のR夫婦、二組へのサプライズの話し。



実は、入籍する二組にはナイショでサプライズとしてケーキを用意していたのである。


もちろん2つ。


ケーキのプレートには名前を書いてもらっている。
いゃ、コレ、どっからどうみても


「サプライズ」


なのだ。



が、しかし、事件は前日起こった。
みんなで集まったのが5日。


そう、今日は前日の4日である。


実は前日の4日、僕とおかんと妹とその子供達が僕の家に遊びにきてくれていた。


嫁は仕事だったので僕の子供達の面倒をみてくれている&子供達同士、遊ばせている、という格好だ。



わあわぁやっているさなか、僕は1人、キッチンで焼きそばを作っていた。


そしてそこにうっすらと人影を感じ、おもむろに顔をあげたのだ。




そこには───────────────────────────オカン。。。がいた。




いゃ、まぁ、それはいいのだが、普通に会話をしていた。
こんな感じで。



オカン「昨日、(弟の)Rがきたのよー」



僕「あぁ、そうなんだ、それで??」
僕は目の前の焼きそばに集中していた、焼きそばといえばまこちゃんじゃーん(池袋ウエストゲートパークを思い出していた)



オカン「それでね、私、ごめん、サプライズのコトゆっちゃったの」



僕「あぁ、そうなんだぁ」
僕は焼きそばに集中していた
(池袋ウエストゲートパーク、カルボナーラにソースかけてたな)






──────────────ん、、、なに??
──────────────サプライズをゆった?!



時が止まった。
うちのオカン、時空間系の属性を持っているらしく、一瞬の間、時を止めるという魔法を使ってくる。。。




僕「え、なになに、サプライズってゆっちゃったってこと??」



オカン「そう、、、」



僕「えぇぇぇぇ!?何故に??いゃ、おかん、サプライズの意味はわかるよな??」



オカン「うん、わかる」



僕「、、、とりあえず説明をしてくれ」




ということで、オカンからの説明を聞くことになったのだかもはやゆっていることが意味不明。。。
弟に、
「明日はみんな集まるから何時にくるのか」
と聞き、二言目にはサプライズあるんだからといっていたらしい。。。



弟は、
「サプライズ??」
と、一瞬なったものの、自身の入籍が5月6日だということと、その後のオカンの挙動不審さからきづきまくっていたらしい。
ちなみにうちのオカン、サプライズと口走った後は、
「あー、なんでもない、これ以上は聞かないで」
みたいな感じだったということだ。



といったここまでの説明も、オカンではわけがわからず、弟に電話してコトの顛末を聞き出したのだ。


ちなみに今でも何故、あのタイミングでサプライズと言ってしまったのかは謎のまま迷宮入り、未詳事件となり、SPEC〜警視庁公安部公安第五課の力をもってしても解決はできなかったらしい。



つまり、「サプライズ」は死んでしまわれたのだ。



幸いだったのは弟と電話で話したとき、かなり爆笑してコトの顛末を話してくれたので、悲観的になることはあまりなかった。


「会った瞬間、サプライズってゆってきてさ(爆)」


みたいな感じで弟はゆっていた。
まぁ、オカンだからしゃぁないわなみたいなノリだった。



ただ、当日の会場は妹の家で親戚が集まる予定となっていて、色々な諸事情から
「サプライズケーキ」
(まだサプライズと呼ばせてくれ)
を取りにいける人がいなくなってしまい、
なんと、弟みずから「サプライズケーキ」を受け取りにいくという、、、



え、コレからサプライズされますけど、、、そのケーキで、、、みたいな。


自身の「サプライズケーキ」を自身で受け取りにいくという前代未聞の事件を巻き起こしたのだ。




こうして、「サプライズ」
(もうサプライズとは呼べません)は5日、イトコのMちゃん夫妻、弟のR夫妻へと放たれたのである。




と、事件はここで終わらないのだっ!!
巻をまたごうかと思ったが、勢いだ、このまま続行して書きたいと思う。



もちろん、この話しは当日、親戚のみんなへの土産話として披露させていただいたのだが、、、。



お気づきだろうかみなさん、この時点で、まだ「サプライズ」が通用する相手がいることを!


もう死んだかと思われた「サプライズ」ではあったが、ボロボロの満身創痍の状態で、地面を這いつくばりここまでやってきたのだ。


弟にはバレてしまっていたが、
そう、イトコのMちゃん夫妻にはまだバレてはいないのだ!!


イケル、そう思っていた。


うまく、この「サプライズケーキ」弟にバレちゃった事件をみんなに話し、
しゃぁねぇな、バレちゃったけどケーキだすかぁぁ的な雰囲気でケーキを出し、
実はイトコのMちゃん夫婦にも用意してたんですわぁぁといった流れにもっていければ「サプライズ」は成功する。


そう、思っていた。




そして、僕がオカンから弟への「サプライズ」暴露事件を話している途中、、、


オカンが


「ねー、ごめんねー、Mちゃん」


と言い放ったのだ。


──────────────────────────────ッッッ!!


コレまた、時空間系の能力が発動し、一瞬時が止まった。



いやいゃ、オカンよ、弟にはバレたけどMちゃんにはギリギリバレてはなかったからぁぁぁぁ( TДT)
と心の中で叫ぶ。



こうして「サプライズ」は今度こそ確実に息を引き取ったのである。



ありがとうサプライズ、もはや「」もはずさせてもらうよ、よくここまで頑張ったな。
また一緒にギリギリまで行こうぜ!
なっ、サプライズ!!





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ちょっと前の話しになっちゃいますが、、、。



コレはゴールデンウィークん時の話しです。



みなさんはどんなゴールデンウィークをすごされましたか??


僕は、基本的には子供達と一緒に過ごしたゴールデンウィークでしたが、友達に会ったり、会いにきてくれたり、親戚と久々に集まったり、たこ焼きパーティーしたりと、
ストマ増設手術から退院して、そこそこ活動できるようになっていました。



親戚と久々に集まったのですが、コレ、最後にみんなで集まったのも昨年の5月5日、今年集まったのも5月5日、
いゃ、狙ったわけじゃないっすよ(○_○)!!
偶然です。



一年経つとですねー、色々と変わるわけで、なんとイトコのMちゃんが入籍したんですよー、いやぁ、おめでたいことこのうえない(*´ー`*)



ただね、僕的には衝撃でねー、いゃ、なんか、勝手ながら兄妹みたいな感覚だったんでね、ちょっとさみしいというか、オレに話し通されてないけどぉぉぉ的な、まぁ、ただのマリッジブルー(使い方あってる??)だったわけなんですよねー。



それがみんなで集まった時にMちゃんの旦那さん参加してくれましてね、、、。
めちゃくちゃ良い人やんんんん!!!
イケメンやんんんん!!
となったわけですわ。



いやぁ、改めて本当におめでとうございますm(__)m
末永く御幸せに( ̄ー ̄ゞ-☆




んで、さらにですよ、僕の弟、Rくんね。
コレも入籍することになりましてね、しかもコレ集まっていた日が5日なんすけど6日に入籍するっていうんですよ。



いゃ、まぁ、男なんでね、実の弟だし、僕のマリッジブルーはないですよね。
むしろ相手のAちゃんを必ずしあわせにしろよって感じなわけで。
頼むぜ、我が弟よ。
年の差がまぁまぁあってね、大丈夫か弟よ、はんざ、、、ではないな、うん。
ま、とにかくかわいい嫁さんをもらったわけだΨ( ̄∇ ̄)Ψ
本当におめでとう!!
なんか色々考えて入籍したんかなぁと思うけどオマエが結婚してくれて良かったよ(*´∀`)



と、そんな今年の5月5日でした。



来年の5月5日はどんな日になんのかなぁぁぁ。







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