え、まじか、33歳にして胃ガン告知をされ、余命宣告をされた件

33歳 男 既婚 妻あり 子供2人(3歳の男の子、6ヵ月の男の子) 2017年6月 スキルス胃癌 腹膜播種 水腎症 レベル4 と診断。 余命宣告を一年とされました、闘病を綴ったブログです。

2019年05月

再発・転移と向き合うということ。



これはなかなか難しかったです。



CTの結果を聞きにいった時に伝えられました。
もはやそこまでハッキリとした記憶があまりないですね。
ショックでした。
そりゃぁ、ショックですよ。



先生もハッキリとおっしゃったわけではなかったように思いますね、ニュアンスでそうなんだよ的な。
直腸の壁が厚くなってるのと、水腎がでてきてるので播種の症状でしょうね。って感じだったかな。



いまだに再発なのか、転移なのか、わかってません。
どっちなのか聞いてません。



事実、がんはいたということ。



コレを受け入れるのはなかなかでしたよ。



手術後、目に見えないがんをたたくためにもシスプラチン、TS-1をやってきて、それでもたたききれんかったということ。



ちゃんとスケジュール通り延期なくやれてたらもしかしてたたけていたんだろうか?



そもそも、たたくのはムリで再発する時期を遅めることしかできないものなのか。



わからない、わかりません。



たら、れば、をいったらキリがない。
後悔がないのかっていったら嘘になるんだわ。






でも、、、これが現実なわけで、受け止めなきゃならん。
むしろ今が最善だった可能性だってある。



何が大事かってやっぱ「今」なんだと思う。
今でしょ笑
ふざけてすんません。
今回まじな話しですからね、ちょっと空気感緩めよーかなぁっとm(__)m



今はその事実から時間がたっています。
心境や身体の状況も変わりました。



ストーマも増設していて、口から食べれるようになりました。



正直、わけもわからず1日中泣いたり、落ち込んでしまう日が続いていたりもしてたんですよね。



それでも高カロリー輸液の交換をする時間はやってくるし、当然、朝もくるし、昼もくるし、夜もくる。



オレはどのくらい生きられんだろうってね。



事実、根治的な治療はせず、延命的治療になっているからさ。
今の状態で、余命とかそーゆうのは聞いてません、1番最初にいわれたきり、先生にも多分聞かなければゆってこなそうだしね。
ネットとかでみるとでてきちゃったりするけどさ、確実なものなんてないし、そりゃ、あくまで余命なわなけよ。
何年生存率◯%とかもあるけど、圧倒的数値だしね。



あ、ちょ、コレ、今回はやべぇな。
って思う。
いゃ、でも最初もヤバかったよな。



それでも、ちょっとずつ気持ちが安定して、事実に向き合って、んじゃやれることやっていくか。
ってなるんです。
コレは支えてくれる人達のおかげ。








人間て、そんな感じなんですよ、多分。




で、僕の今は
食えるようになって、両腕が自由になった。
それでまたちょっと上向きにはなったね。



いつ、また、食えなくなるかはわかんないし、どれだけ生きられんのかはわかんない。



けど、再発、転移を受け入れることはできたよ。



今は、毎日を大事に大事にって必死になるよりむしろ、ムダな時間をのほほんと過ごす。
そんな感じの方が僕には合ってるなぁって思う。



どうなろうが時間は過ぎていきますからね、だったら現実を受け止めて、ほわぁぁーとした時間をより多く過ごせればいいなぁと思ってます。



それが今の正直な気持ち。



今回マジメですいません、ゴメン!m(__)m





急に暑くなってきた、、、でも朝寒いよね?
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前話のつづきm(__)m



そして僕らは自宅にて訪問介護をうけ、高カロリー輸液の点滴をしていくことになったわけです。


お互い、点滴をしながら抗がん剤治療をすることになっていました。


そして、退院してから1週間後くらいですかね、抗がん剤治療の為、病院で治療をしていたら、見知った看護婦さんがいたのでお話しをしていたんです。


その看護婦さんと、最近の調子はどうだとか、副作用はどうだとか話していたんですよね。
そしたら


「◯◯さん、Oさんと仲良しでしたよね、一緒に勉強してましたし」


「あ、ハイ、Oさんがいたから一緒に頑張れたってのはありますよー」


「実はOさんね、退院してからわりとすぐに戻ってきてね、今、病棟にいるのよ」


「、、、えっ?!、まじすか??
大丈夫なんすか?!ってか会えるなら会いたいです!」


「んー、多分、帰ってから食べてたんだろうね、ダメなのに、、、。
腸閉塞で入院して昨日手術したばかりなの、会えるかはちょっと本人に聞いてみるね、体調もあるだろうし」


「え、術後なんすね、、、。
わかりました、ムリそうならまた後日にします、すいません」



驚きました、そして、食ってやるわいうてたけど、、、。
そんなにくったんかぁぃぃぃぃ!!
アカンやろぉぉぉお!!


と、思いましたが本当に大丈夫なんかと思い、術後ではありますが会えたらいいなと思っていました。
術後のツラさはわかっていますが、心配で少しだけでも顔をみれたらと思ったんです。



そしたら看護婦さんが聞いてきてくれて、


「大丈夫だって、相変わらずよく喋るし、ムリしないでってゆったんだけどね、会いにこいよって、ゆってたよ」


「わかりました、ありがとうございますm(__)m」


ということでOさんに会いに病棟に行きました。
途中、病棟の看護婦さんたちにも会えたので、大丈夫なのー??みたいな、たくさんお声掛けをもらいながら(ありがたいです)病室に着くと、そこには術後のOさんの姿が!


「Oさん!大丈夫すかぁ!?
すいません、心配できてしまいましたm(__)m」


「あー、看護婦さんから聞いたよ、まぁ話せるしな、大丈夫だ」


「なんか退院してから結構たべちゃったんすか??」


「いゃ、少しな、、、。したらお腹痛くなってな、腸閉塞なんだわ。
手術もできないって言われてたんだけどな、できたんだわ。
手術して、人口肛門になったんだ。」


「そうだったんすね、えっ?!、大丈夫なんすか、痛くないんすか??」


「あー、体勢かえるといたいね、咳とかたんとかな、ま、大丈夫だ。
でもな、コレで食えるようになるんだとよ、◯◯さんも手術して人口肛門つけろぉー。」


みたいな感じで会話しました、術後にもかかわらず会ってくださったことに感謝して。
状況がなんとなくわかりました。
とりあえず手術が無事成功してよかったなと思いました。
最後にさらっと、コレ食ってけーみたいな軽いのりで人口肛門にしとけーみたいな感じで言われましたが笑
とりあえずまた、次週抗がん剤で病院くるんでまた来ますっつってその日は後にしました。
なんか相変わらずでよかったなと思いましたね。


翌週
抗がん剤の為、病院にいき、Oさんに会いにいくと個室から四人部屋へと移動していました。
体調等は術後から順調に回復している様子で何より
「食えるのがいいねー、ちょっとずつだけどな」
と、話されていました。


翌々週はすっかり元気になっていて、ストーマの話しを具体的に話してくれて、コレなんだよって見せてもらいました、何より
「いゃー、やっぱりね、食えるのがいんだよ、はやく◯◯さんも手術しろー」
と、先週と同じような感じで話されていました。


そして、だからというわけではありませんが、このブログにも書いた通り、僕自身もストーマをつける手術をしました。


Oさんには
「Oさん、あのね、僕もつけることにしましたよ、ストーマ。」


「そうか!よかったなぁ、食えるようになった方がいいぞ。んじゃ今度は逆に見舞いにくっからな!」


といって、自身の治療で病院にきた時に寄ってくれましてね、僕はその時は術後だったんですが、お互いにストーマの話しをして、コレはこうだとかいゃ、こっちがいいとか、お話しをしました。


Oさんとは僕の身体の状態が同じような道をたどっていて、しかも同タイミングでしたからね、親近感そりゃわきますよね。
相談もしましたし、共感もできるし、大切な闘病仲間です。


今は僕の治療が金曜日で、Oさんの治療が火曜日なので中々会うことはありませんが、なにかあれば連絡したいと思います。


Oさんには


「◯◯さんよー、治療の曜日を火曜日にしろー笑」
って言われましたが(結構何回も笑)


「ちょっと都合上ムリなんすよーすいませんm(__)m」
っつって今に至りますかね。


でもこないだ検査で火曜日に病院いきましてね、たまたま時間がかぶってたみたいでOさんに会えまして、コレまたお話しができました。


おーーってなりました笑


Oさん、これからもよろしくお願いしますねm(__)m
頑張っていきましょう( ̄ー ̄ゞ-☆



かけがえのない仲間ですよ(*´ー`*)





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大切な闘病仲間のお話し。


コレは時をしばらく遡ります。


僕が、便が細くなって直腸狭窄で入院することになった時のお話し。


その時に、同じ病室、向かい側のベッドにいた人物。


当時、そして今も、とても御世話になっているOさん(65)のお話し。



どうやらOさんも食べることができずに入院となったみたいで、おそらく「腸閉塞」だったのだと思います。
そして、手術では改善できない状態であり、ポートを増設し、高カロリー輸液を点滴するという治療法をとっていました。


そして、僕も、高カロリー輸液の点滴を選択したため、同じ治療法になり、家で点滴ができるスキルを身に付けることが僕とOさんの同目的となり、奇しくも同じ日からの勉強開始となったわけなのです。


コレがそしてまぁまぁ難しい(´д`|||)
入院中は点滴台を使って点滴をします。
食事の代わりの点滴ですから基本的には24時間毎日点滴です。
家でも、外出しても点滴ができるようにカバンに入れて持ち運ぶことができるようになっていて、カフティポンプという電池を入れて電動で輸液を送り出す機械に輸液をつないで持ち運びます。
っていってもなんのこっちゃよくわからんすよね、コレ??笑



とりあえず
写真でも載せときますわ。
こんな感じ。





DSC_0041_3




コレを斜め掛けにしたり、トートバッグにしたり、リュックにもなるわけですよ。
スリーウェイで使えるバッグになってるんですよね。




この、勉強しているときはアレでしたけど、事実上、食事が口から取れない、24時間毎日点滴、左腕が自由にならない感じ、
に精神的なツラさ、ショックがありました。


ですが、真向かいに全く同じ治療をしている方がいるという事実が、僕に勇気をもたらし、がんばる意欲をくれたのです。
この安心感、親近感、はとてもありがたかったです。
まさに共に頑張っている仲間です。
目の前にいるわけです。


朝起きて、輸液をチェックをして、配膳が始まっても僕らは食べれず、時間がきたら輸液の交換、カフティポンプの勉強、月曜日には針の交換、ってな具合で日々をこなしていました。





多分、お互いに親近感は湧いていたんじゃないかなぁと思います。
中々、高カロリー輸液の方はいないっぽくて看護師さんも苦戦(苦笑)してるくらいでしたからねー。



そんなこんなでカーテン1枚隔てた環境で同じ勉強をしていったわけです。
次第に会話もするようになります。




「Oさん、コレ、できますか??
なんか難しいっすよねー、、、。」


「んだなぁ、わかんねぇっけども慣れるしかねぇよ、やってきゃぁ大丈夫だろー。」


「そーすね、ちょっと僕もやってみますわ」


とか。


「はー、なんかくいてーな、退院したらこっそり食ってやるわ」


「いやいゃOさん!
また病院送りになっちゃいますよ!」


とか。


「あと5年はいきてーなぁ、70まではなんとかよー」


「大丈夫すよ。いい方向に向かいます、頑張りましょう!」




それからどこに住んでるかとか、病気の話しとか、家族の話しとか、色々な話しをしたんです。



まず、この高カロリー輸液、病院では落差をつかって重力で落としていくわけなんですか、家でやるにはカフティポンプといって輸液を送り出す電動の機械を使って流していくんです。
そもそも、コレをやっている方が見渡す限りOさんと僕しかいなかったんですよね。
看護師さんも扱い方にてんやわんやわ、、、。
いいよーのない不安が僕のなかには芽生えていました。
コレ、いよいよやべぇってことか。。。と思った。
もし、コレが僕だけだったらもっと大きな不安があっただろうなと思います。


本当にOさんには治療や病気に対する不安、意欲、勇気、1人じゃないんやな感を貰ったんです(何回いうねん)


Oさん、ありがとうございますm(__)m



んでお互いしばらく入院しましたが手技を覚えて無事退院しました、同じ日に退院しました。
お互いがんばろうなって感じで。
連絡先も交換しました。


そして僕らは自宅で訪問介護を受け、高カロリー輸液の点滴をしていくことになったわけです。



コレ、この話しまだ続くんですが長くなってきたので分割!!!
すいません!!( ̄ー ̄ゞ-☆








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2019.5.23(木)


胃を全摘出してから1年7ヶ月が経ちます。


気づけば1年7ヶ月経ってました。


久々に胃を取った話しなんですけどね、というのもストーマとか手術とか高カロリー輸液とか色々あってなかなか書けずにいました。
というかそれどころじゃなかったっすね、今こうやって食べれるようになったから書ける話しでもあるかなぁと思います。


で、まぁ、どうなのってかんじなんすけど、
だいぶ食えるようになったかなぁと思います。
でもやっぱり1度にたくさんは食べれない、、、食べない様にしてます。


こまめに食べてる感じすかねー。


あんまり消化に良くないんじゃないのコレ、みたいなものも食べてますね。


ラーメンとか(少しね)、
ハンバーガー(コレ調子よければ1個いける)、
きのこ(少しね)、
野菜とか(コレ、食うようにしとる)、
たこ焼きもくったな(ボチボチ食った)、
寿司とか(コレは前からいける)


しいていえば、パンがちょっとアレでアレでしたね。(ダンピングが、、、)
今はそんなにひどくはないですけど。
久々に食った時はもわんもわんしました(´д`|||)


間食にはもっぱらカロリーメイト!!
チョコ味とチーズ味を食べてます(*´ー`*)
1本100キロカロリーあるんですよね。


おにぎりが170キロカロリーとすると
カロリーメイト2本食べるとおにぎり1個とちょっと食べたことになります。
カロリーメイト、かなりお世話になってます(*´∀`)


これといってヒドイダンピングはない感じですねー、まぁ、気を付けているってのはあるんでこれからも気を付けて食べますわぁ。
1回ね、ビール飲んだらメチャメチャおなか痛くなったんでそれからビールはちょっと飲むのこわくなっちゃってね。
んでもまたトライしてやりたいなとは思ってます。(M気質じゃないよ(*´ー`*))


んー、やっぱりね、
なるべく食べたいものを食べたい時に食う!!
うん、コレですよ、コレがいんだと思いますわ。
+アルファ、量で調整していくイメージですよ。


まわりからしたら多分、食べれないよりは食べれた方が見え感はいいんだろうなぁと思う。
僕はね、働いてた時とか、食べるのが面倒だって感じてた人間なんで、食べれないってなった時、食べることから解放されたという考え方もできるなぁと思ったんすよ。
でも実際はもちろん食べれた方がいいし、美味しいって感じれた方がいいに決まってるんだけどさ。
物理的に食えないならそう捉えるのもありかなぁとは思いましたね。
腕が自由にならん方がキツイかな。






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ストーマになってから1ヶ月半が経つ。


少しずつなれてきた、漏れたりとか付けた感覚とか、色んな経験を繰り返しながら手技を獲得していく。
それでも色んなことは起こるし、その都度対応しています。
結構、気づかないうちに漏れたりしてるときがあるので大変です。
パンパンになってたりもするし、まだちょっと経験が必要なのかなぁ、ストーマ外来もあるし、うまく使っていきたいと思います。



昨日ね、初めてパウチとか送ってくれる会社に電話したんすよねー、
いゃ、あと2枚しかなくてやべーなとは思ったんすけど、、、。
そしたらとても親切に対応してくれましてねー、とりあえずサンプル2~3枚送っておきますーゆうてくれました(*´∀`)。
緊急回避しましたわ。



基本的には必要なものを注文して終わりです、郵便振替でお願いしました。
障害者手帳ができれば経費負担額が軽減されるんですけど、申請してから1ヶ月半かかるんでまだ届いてないんすよねー、まるまる負担しなきゃならん(´д`|||)



今回は
パウチ
リムーバー
消臭潤滑剤
の3つを注文しました。



リムーバーってのはパウチを剥がすための液ですね、これつかうとサクッと剥がれます。


あとは届くのをまちます。



このあいだ病院いった時に嫁はんにとってもらいました(*´ー`*)

DSC_0015






前に写真にものせた桜なんですけどこんな感じになってました。
あぁ、なんか良い天気で青々としていました。
色が違うだけで印象がだいぶかわりますね。
やっぱオレは寒いより暖かい季節の方がいーわΨ( ̄∇ ̄)Ψ








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